息子は1歳4ヶ月。息子が生まれてからこれまで、全力で子育てをしてきた。
ときには、夫に子どもを任せて買い物に行ったり散歩をしたりして息抜きをした。
ときには、一時保育を利用して、子どもと離れる時間を作ったりもした。
託児付きのイベントや講演会を探し、イベント内容にさほど興味がなくても、託児があるから、という理由で参加することもあった。
子供は可愛い。
愛おしい。
とても大切な存在。
でも、どこか辛く、寂しくなる時がある。
ふとした瞬間に、私はこのままで良いんだろうか?と不安な気持ちになることがある。
もともと、バリバリ仕事をして経済的にも自立し、仕事を通じて社会貢献をしたいと思っていた。
専業主婦になるなんて、想像もしていなかった。
Facebookで学生時代の友人が仕事もプライベートも充実し、仲間たちと楽しそうに過ごしている写真を見ると、目を閉じたくなった。
大好きな人と夫婦になり、願っていた子どもを授かることができ、その子どもを自分の手で育てることができる。結婚したいが縁に恵まれない人、子どもが欲しいのに授からない人、家の事情で仕方なく保育園に預け仕事をする人もいるのに。
それなのに、私は何を羨んでいるんだろう。友人たちの幸せそうな写真を、なぜ幸せな気持ちで見ることができないんだろう。これ以上、何を求め、望んでいるのか。
そんな悶々とした気持ちを抱えていた時、友人にこんなことを言われた。
葛藤を抱え続けることに価値があると思う。
葛藤をなかったことにしたり、自分だけに都合のいいように解釈したりすると自分本位に傾くし
葛藤に屈してしまうと自分を犠牲にしてしまう。
だからそのどっちにも寄り過ぎないことが大事なのかな。
ものすごく、心に突き刺さった。
葛藤をなかったことにすれば、気持ちは楽になる。ほんのいっとき、穏やかになる。
これでいいんだ、と自分に言い聞かせればもう他の選択肢を探すこともないし、目に入らない。
でも、そうじゃないんだ。
自分の心に正直に向き合って、そのときに浮かぶモヤモヤした感覚が、自分らしくいるために大事なことなんだ。
そこで、気づいた、私の内なる願望。
ママではなく、私が私でいられる時間が欲しい
ママ友と呼べる仲間もできた。でも会話の中心は子どもを通じたやり取り。子どもの生活習慣についてや、悩み事。ときどき、食事のメニュー
や旦那さんのこと。
今の感覚はだいたい
私 = ママ8割 + 主婦2割
これが、
私 = ママ6割 + 主婦2割 + 別の何か2割
くらいになると、もっと私はイキイキするんじゃないかと思う。
私が、私でいられる時間。週に一度でも良いから、ママでもない、主婦でもない、それ以外の私になれる時間が欲しいと思う。
今、子育て支援に意欲のあるメンバーで、何か子育て世代に向けた企画をしようと考えている。
もちろん、ママとしての在り方も大切。子育てに悩むことはたくさんあるから。
でも、学生時代や仕事をしていた時、子どもが生まれる前に活動していたことや考えていたこと、好きだったこと。それを失い、ママになった途端、自分の生活や意識の大部分がママになった私のような人がいるんじゃないだろうか。
そんな人が、
私って◯◯が好きだったし、◯◯したかったんだよね。◯◯の話をしているときはイキイキできるんだよね。
と思えるような場が作りたい。そんな場があれば、私も一緒に参加したい。
もし、こんな企画ができたときには、このブログで紹介したいと思います。
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